大判例

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仙台高等裁判所 昭和29年(う)46号 判決

業務上過失致死罪における業務とは、人が継続して或る事務を行うにつき有する社会生活上の地位(例えば運転手たるの地位)であつて、その地位に基く行為が業務行為であり、その業務は職業たると営業たると、はたまた正当業務たると不法業務(無免許運転)たるとを問わないものと解すべきところ、本件について、これをみるに被告人の原審第二回公判廷における「私方は油屋で私は無免許ではあるが、約一年ぐらい前から本件オート三輪を運転して村内の配達をしていた」旨の供述に徴し、被告人は継続して本件オート三輪の運転に従事していたものであることは明白であるからその業務たることは疑いなく、たまたま七夕祭の見物のため運転したとしても、右は業務上の行為に外ならないし、その三輪者が、兄の所有であると否とはもとより右認定を妨げるものではない。

死因の判定には必ずしも死体解剖を必要とするものではない。原判決挙示の医師渡辺義治の死体検察書、司法警察員の検視調書・実況見分書などによつて認められる被害者大橋勝治の負傷及び死体並びにその附近の状況は、同人が自動車または自動三輪車の轢傷によつて死亡したものであると認めるに適合するものであることが明白で、これと原判決挙示のその他の証拠を綜合することによつて、大橋勝治の死因を自動三輪車の轢傷による失血であると認定することが可能であり、司法警察員の実況見分書添付の写真によつて窺われる被告人運転の自動三輪車の構造に徴しても、大橋が該自動三輪車に轢かれたために死んだと認めることが、経験則に反するものとは認められない。その際被告人の自動三輪者に乗つていた者は、自動三輪車の疾走に伴う騒音などのため相当に聴力妨をげられていたものと認めるべきであるから、それらの者が大橋の悲鳴を聞かなかつたとしても大橋が悲鳴を挙げなかつたものとはいわれないし、前記死体検案書によつて窺われる創に徴すれば、大橋が負傷した際大声で悲鳴を発し得たものとも断定し得ないから、被告人運転の自動三輪車に乗つていた者が、誰も大橋の悲鳴を聞かなかつたとしても、その三輪者が大橋を轢かなかつたと断定することはできない。

なお論旨では冒頭に「第一審裁判所において陳べた弁護人の意見を援用する」と述べているが、これだけの記述では刑訴規則第二四〇条の規定する控訴趣意の記載をしたことにならず、右の記述は控訴趣意としては不適法であるから、この部分については判断をしない。

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